マダガスカルの女の子が教えてくれた、お話のこと
アンタナナリボで、お金をねだってきた女の子に4人分のピザをおごった話。子どもがお話をどう追いかけるのか、そしてなぜおやすみ前こそが大事なのか。
文:Justin Plute · · 1分で読めます
子どもは、言葉が正しくなくてもお話についてこられます。必要なのは「かたち」と、ちゃんと見ていてくれる人です。
明かりを消すと、部屋が変わります。クローゼットの扉は、さっきより少し遠くにあるように見えます。窓には、昼とはちがう青が映ります。廊下の先のどこかで、家が昼間には決して立てない音を立てます。
私には子どもがいません。かわりに、24人の姪と甥がいます。これはまた別の種類の勉強です。すべての年齢の子どもがいっぺんにいて、親たちがくたびれたころに「おやすみの時間」を任されるのが私なのです。この仕事を始める前は、何年も旅をしていました。そこで何度も出会ったのは、ほとんど言葉を使わなくても、子どもにはこんなに多くのことが伝わるのだ、という事実でした。マダガスカルの首都アンタナナリボで、小さな女の子がお金をねだりに寄ってきました。彼女はフランス語しか話せず、私はフランス語が話せません。彼女はかわりにピザ屋を指さしました。わかった、お金じゃなくてピザだね。すると彼女はふり返って、どうなるか見守っていた3人のきょうだいを手招きしました。店で働いていた少し年上の女の子が多少英語を話せて、注文を通訳してくれました。気がつけば、みんなでひとつのテーブルを囲み、ピザと、ひとりに1本ずつのコーラ。4人が知っている英語は「thank you」だけで、それを何度も何度も言ってくれました。
あのテーブルのことを、今でも思い出します。共通の言葉はひとつもないのに、ひとつのお話がまるごと起きたのです。計画、賭け、集まってくる仲間、助けてくれる見知らぬ人、そして食べものつきの結末。子どもは、言葉が正しくなくてもお話についてこられます。必要なのは「かたち」と、ちゃんと見ていてくれる人です。
それがいちばんよく見えるのが、おやすみ前の時間です。24人分のおやすみ前を経験してきましたが、明かりが消えてからの1時間は、どの家でも同じです。だれかがベッドのふちに腰かけて、お話をする。その1時間こそStoryToonsのテーマなので、そこで何が起きていると私が思っているのか、書いておきたいのです。
暗やみは、なぜお話の味方なのでしょう?
昼間は、何もかもがすでに説明されています。椅子は椅子。夜になると輪郭がやわらぎ、子どもの想像力が、よく見えない部分を埋めていきます。それはふつう、暗やみの「困ったところ」として語られます。でも私は、そこが肝心なのだと思います。暗やみで語られるお話は、部屋にあるほかの何とも競い合いません。まわりの夜より、ほんの少し明るければいいのです。
子どもには、どれくらいの光が必要でしょう?
たいていの子どもは、暗やみが消えてほしいわけではありません。その中でつかまっていられるものが、ひとつあればいいのです。知っている声、前に聞いたことのあるお話、テーブルの上の小さな明かり。
私たちの最初のキャラクターは、そこから生まれました。Vela(ヴェラ)は、星の入ったランタンを持ちあるく女の子で、ルールをひとつだけ持っています。光は小さくしておくこと。光が強すぎると、彼女がたずねる場所は、日なたの花のように閉じてしまうのです。このルールを教訓として書いたわけではありません。ただ、ああいう部屋は、そういう感じがしたのです。
新米の親に伝えたい、ふたつのこと
私は親ではないので、これは「おじさん版」として受け取ってください。リストはありません。何度見ても効き目があるな、と思うことがふたつあるだけです。
ひとつめは、明かりは思っているより小さくていい、ということ。常夜灯か、布をかけたランプで十分です。部屋が明るいと、お話は大声を出さなければならなくなります。
ふたつめは、主人公を具体的な場所に置くこと。「むかしむかし」ではなく、「夜もうんとふけたころ、パン屋の裏の庭で。その庭は、一時間しか開かないのです」。場所と時刻をはっきり言うと、夜は、冒険が逃げ隠れする相手ではなく、冒険の一部になります。続きは、子どもが勝手に言ってくれます。
それだけです。あとはあなたの声と、子どもの質問です。
Justin Pluteは、StoryToonsの創業者です。自分の子どもはいませんが、甥と姪が24人います。